仙台高等裁判所 昭和39年(う)317号 判決 1965年8月06日
主文
原判決を破棄する。
被告人を禁錮一年および罰金二、〇〇〇円に処する。
右罰金を完納することができないときは、金四〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
被告人の本件控訴を棄却する。
理由
検察官の控訴趣意中法令の解釈の誤りを主張する部分について、
原判決は、本件公訴事実中、被告人が昭和三八年九月二八日午後五時五〇分頃、福島市佐倉下字井戸関三番地の五先道路において、呼気一リツトル中一ミリグラムのアルコール分を保有し、アルコールの影響により正常な運転のできないおそれのある状態で普通貨物自動車を運転したとの第二の公訴事実につき、被告人が右日時場所で呼気一リツトル中一ミリグラム以上のアルコール分を保有しながら普通貨物自動車を運転した事実を証拠により認定したが、アルコールの影響により正常な運転のできないおそれとは、正常な運転の能力に支障を惹起する抽象的な可能性一般を指称するものではなくその可能性が具体的に相当高度な蓋然性をもたなくてはならないとし、本件にはその具体的な可能性があつたとは認められないとの理由から、右公訴事実について被告人に対し無罪を言い渡した。これに対し論旨は、原判決は明らかに法令の解釈を誤つたものであると主張するので、以下これを検討する。
道路交通法一一八条一項二号前段(昭和三九年法律九一号道路交通法の一部を改正する法律以前のもの、以下同じ)の罪が成立するには、まず運転者が同法六五条の規定(酒気帯び運転の禁止)に違反したものであることを前提としているから、血液一ミリリツトル中〇・五ミリグラムまたは呼気一リツトル中〇・二五ミリグラム以上のアルコール分を保有する状態にあり、そしてそのアルコールの影響により車両等の正常な運転ができないおそれのある状態にあることが必要であつて、この二つの要件が満たされなければならないことは同法条および同法施行令二七条の各規定から明らかである。ところで、右六五条と一一八条一項二号の各規定の法意は、酒気帯び運転および酒酔い運転がきわめて危険な行為であつて、それが原因となつて重大な事故を発生させ、人の身体、生命、財産を侵害することが多いところから、これを防止しようというところにあるという点は検察官所論のとおりである。しかしながら、道路交通法は六五条で酒気帯び運転を禁止しているが、単なる酒気帯び程度の段階にあるものについては処罰の対象とはせず、一一八条一項二号で六五条に違反する酒気を帯びた者が、酒に酔いの状態、すなわちアルコールの影響により車両等の正常な運転のできないおそれがある状態で、車両等を運転した場合にはじめて処罰し得るものとしているのである。かように一一八条一項二号が六五条の違反を前提とし、さらに、これに「酒に酔い」の状態を要件に加えているところからすれば、検察官所論のように、道路交通法一一八条一項二号の正常な運転ができない「おそれ」とはアルコールの影響が軽微でも正常な運転ができなくなる可能性があればそれで足りると解することはできない。けだしアルコールの作用は、道路交通法六五条の酒気帯びの程度でも、人の精神活動に作用し、「速断」すなわち判断を誤ることが多くなるという危険な状態をひき起す可能性が絶対にないとはいえないからである。この意味において、右にいう「おそれ」とは、正常な運転の能力に支障を惹起する抽象的な可能性一般を指称するものではなく、その可能性は具体的に相当程度の蓋然性をもつものでなければならないと解すべきであつて、結局においてこれと同旨に帰すると認められる原判決の見解は正当というべきであり、したがつてその可能性の有無は具体的個別的に判断しなければならないわけである。そこで被告人の本件の場合に果して正常な運転ができないおそれがある状態であつたか否かを調査するに、原審証人北沢徳重、同宍戸キクヱの各証言、被告人の検察官に対する供述調書、司法警察員作成の酒気帯び状態報告書によれば、被告人は本件事故のあつた当日土湯温泉の川原で職場同僚の親睦をはかる芋煮会が開かれたので、福島市の農協事務所前から普通貨物自動車の後部荷台に職員および道具類を乗せて、当日午後二時半頃右会場に運搬した。その後被告人は右貨物自動車で亡妻の実家に行き、同所に午後三時頃から午後四時頃までいたが、その間焼酎約一・五を飲酒し、午後四時半頃再び芋煮会の会場に戻つた。右会場でさらに清酒約二・五合を飲み、午後五時頃後部荷台に道具類を積み、さらに六名の者を乗せ助手席に三名の者を乗せて同会場を出発し帰途についてが、走行の途中自動車の速度を六〇粁、八〇粁、一〇〇粁と出して実演し、助手席の同乗者に対しその都度説明しており、事故現場から三〇〇米ないし五〇〇米手前で、同乗者から、あまり速度を出さぬように注意されたりした。そして間もなくの同日午後五時五〇分頃本件事故現場で原判示第一のような運転上の過失により自車を横転させる事故をひき起した。右事故発生後一時間四〇分を経過した同日午後七時三〇分頃福島警察署での警察員の検査では、被告人の呼気一リツトル中一・〇ミリグラムのアルコール分を保有していたが、酒臭があるほか、歩行、直立、言語等はいずれも正常であつたことが認められる。右の事実関係と、原審証人今井郭雄、同本田宗市の各証言によつて認められる、被告人の平素の運転ぶりは比較的上手で、慎重さも普通であり、乱暴な運転はしなかつたのに、本件の場合、舗装もされていない道路で、乗車設備の施されていない貨物自動車の後部荷台に飲酒した六名の者を乗せているのにかかわらず、自発的に六〇粁ないし一〇〇粁のスピード実演をした事情などを総合して判断すれば、被告人は本件当時道路交通法一一八条一項二号のいう「酒に酔い」(アルコールの影響により車両等の正常な運転ができないおそれがある)の状態にあつたものと認めるのに十分であつて、当審における事実取り調べの結果、ことに当審鑑定人上野正吉作成の鑑定書および証人上野正吉の証言によつても右の事実はより一層明らかである。もつとも、原審鑑定人黒田直同寺山晃一の各鑑定書には、被告人が飲酒した場合にも自動車運転に支障をきたすほどの影響はない旨の記載があるが、右各鑑定の結果は前記認定したところに照らし採用しがたい(黒田直の鑑定書では本件当日被告人が飲酒した量は焼酎約一・五合、清酒約二・五合であるのに、何故か被告人に対する飲酒試験でこれより少量の焼酎約二二〇㏄、清酒約二五〇㏄を飲酒させている)。
以上の次第で、原判決は事実認定を誤り、有罪を認めうる公訴事実第二の酒酔い運転の点について無罪を言い渡したものであつて、原判決の右の誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、この点において原判決は破棄を免れない。論旨は結局において理由がある。
そして右の事実と原判決が有罪を認定した原判示第一および第二の各事実とは併合罪の関係にあるので原判決はその全部について破棄すべきものである。
よつて、弁護人の控訴趣意中量刑不当を主張する部分も後記のとおりその理由がないので刑訴法三九六条により被告人の本件控訴を棄却し、検察官の控訴趣意中量刑不当を主張する部分は後記自判の際自ら示されるので、ここではその判断を省略し、同法三九七条一項、三八二条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書により当裁判所においてさらにつぎのとおり判決する。
(当裁判所の認定して罪となるべき事実)
第三、被告人は、昭和三八年九月二八日午後五時五〇分頃、福島市佐倉下字井戸関三番地の五先道路において、呼気一リツトル中約一ミリグラムのアルコール分を保有し、アルコールの影響により正常な運転のできないおそれのある状態で普通貨物自動車を運転したものである。
(証拠の標目)(省略)
(法令の適用)
原判決の確定した原判示第一および第二各事実ならびに当審認定の右第三の事実に法律を適用すれば、原判示第一の点はいずれも刑法二一一条前段、罰金等臨時措置法二条一項、三条一項一号に、同第二の点は道路交通法五五条一項、一二〇条一項一〇号、罰金等臨時措置法二条一項に、判示第三の点は昭和三九年六月一日法律九一号道路交通法の一部を改正する法律附則一七項により改正前の道路交通法一一八条一項二号、六五条同法施行令二七条、罰金等臨時措置法二条一項に各該当するところ、本件の事実中原判示第一の業務上過失致死傷の罪については、被告人の無謀な貨物自動車の運転により右自動車運転の事故をひき起し、これに同乗していて自ら守るべきすべのない九名の者に対し内三名は死亡、六名は重軽傷を負わせたものでその責任はきわめて重いものといわなければならないその他被告人の経歴、資産状態、家族関係、前科のないこと、本件犯行の動機、態様、犯行後の事情など諸般の情状を斟酌して量刑すべく、原判示第一の所為は一個の行為で数個の罪名に触れる場合であるから、刑法五四条一項前段、一〇条により最も重い中村康紀に対する業務上過失致死罪の刑をもつて処断することとし、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、原判示第一の罪については禁錮刑を、判示第三の罪については懲役刑を各選択し、原判示第一の罪と判示第三の罪については同法四七条本文、一〇条により重い前者の罪の刑に同法四七条但書の制限に従い法定の加重をなし、これと原判示第二の罪の刑とは同法四八条一項本文により併科し、その刑期および金額の範囲内で被告人を禁錮一年および罰金二、〇〇〇円に処し、右罰金を完納することができないときは同法一八条により金四〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置し、原審および当審における訴訟費用は刑訴法一八一条一項但書により全部被告人に負担させないこととし、主文のとおり判決する。(斎藤寿郎 小嶋弥作 杉本正雄)